協議しながら協働する
ラウンドテーブル型で乗り越えた
新型コロナウイルス感染症対応

東京臨海病院 感染予防対策室
感染管理認定看護師
長井 直人
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東京都江戸川区の医療機関では、地域連携を基盤とし2010年からパンデミックを想定した対策訓練を行い、2017年には江戸川感染対策コミュニティが発足しました。当時の目的は、各施設の実務者が感染対策において協働できる環境を作り、コミュニティを通じて日々の感染対策上の問題を解決できることでした。また、医療機関以外にも保健所と協働し地域社会で研修会の開催などにより、地域全体の感染予防対策のレベルアップとしました。

しかし、2020年に新型コロナウイルス(COVID-19)感染症が感染拡大した際、物事は想定通りに運びませんでした。
パンデミックを想定した対策訓練についてと、新型コロナウイルス感染症流行による新たに出てきた課題に、各医療機関や保健所がどのような協力体制を整えて、どのように対応したのかご紹介します。

毎年実施している顔を合わせての
協議が
関係各所との連携に貢献

東京都江戸川区では以前から、区内の病院感染対策担当者を対象に手指衛生や環境、結核対策など基本的な感染対策を中心とした感染対策研修会と、保健所と協働して区内の保育園やそこに勤める保育士、看護士を対象にノロウイルス対策講習会を開催していました。
さらに、2009年の新型インフルエンザ流行以降は、新型インフルエンザ対策訓練を毎年実施しています。区内で感染患者が多数発生していることを想定し、専門外来診療と入院までの対応を訓練し、パンデミック対策の考察を重ねました。

江戸川区がある二次医療圏(救急医療を含む一般的な入院治療が完結するように設定した区域)は約140万人が居住し、区内には約70万人が居住しています。新型インフルエンザなど保健医療体制ガイドラインを基に試算すると、区内のピーク時一日あたりの新型インフルエンザ新規外来患者数は約2,600人となり、通常の診療では対応しきれない多くの患者に対し、どのように対応するかが課題でした。

そこで、一世帯あたりの車両保有台数が比較的多いところに着目し、ドライブスルー方式による診療を検討しました。
患者同士の接触及び患者と職員の不要な接触機会を減らし、大勢の患者に対応することを目的としたものです。

今回COVID-19診療での実施には至りませんでしたが、江戸川区のPCR検査場において採用され、国内初のドライブスルー式PCR検査の実施につながりました。
毎年顔を合わせてのパンデミック対応の協議が、今回の新型コロナウイルス感染症対応において、医療機関や保健所との連携に大きく貢献したと考えられます。

患者の搬送もままならず、
感染対策物資の枯渇にまで及んだ

2020年1月、院内に感染制御チームを設置している施設間のカンファレンスでの話題は、中国武漢でのコロナウイルス感染症でした。国内での流行を懸念していた同月に、国内で渡航歴のない感染者が確認され、流行が目前に迫っていました。

区が含まれる二次医療圏では、感染症病床はわずか10床でした。病院病床数においても568床と少なく、パンデミックとなればすぐに病床が飽和状態になります。江戸川区は9割以上が中小規模病院であり、個々では対応できないと考えました。そこで、平時より構築していた地域連携を基盤に、参加施設と保健所で役割を分担し、新型コロナウイルス感染症への対応を検討しました。
2020年1月29日に当院の陰圧病室を10床とICU陰圧室2床を確保し区内に専門病床を設置。2020年2月7日には、東京都より帰国者接触者外来の設置依頼があり、当院の救急外来に設置されました。

保健所は区内医療機関から肺炎の疑似症患者を当院に搬送し、検査と診療を行いました。そもそも感染症対策のノウハウがない施設もあり、新たな感染症への不安をいだきながら、各医療機関は施設の専門性の維持と新型コロナウイルス感染症診療と両立することが困難な状況でした。
当時診断に必要なPCR検査は国や都の検査機関でしか行えません。3月には区内多数の施設で疑似症患者が報告され始め、多くの施設からPCR検査の要望がありましたが、入院を要する患者に限定されていました。その際、当院専門病床で診断までを行い、診断されれば都立の専門病院へ搬送する手はずとなりました。

令和二年政令第十一号「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の法令」の発出により、患者の移送は知事や区長が行う業務であり、消防庁は罹患している患者や発熱患者を搬送できませんでした。しかし、日々増加する患者は保健所だけでは搬送が追いつかず、民間搬送も考慮されましたが、休業補償として一回の搬送に数十万円の要求があり現実的ではなく、患者の搬送が滞るようになりました。その最中、マスク、手袋、手指消毒剤などの感染対策物資の世界的な需要の高まりにより、資源は早々に枯渇しました。

施設間での情報交換と共有が
協働の第一歩に

こうした問題を効率的に対処するために、地域ネットワークを基盤に区内医療機関へ呼びかけを行い、参加医療機関と保健所でwebでのカンファレンスを毎日開催しました。区内の発生状況、行政の対応、各施設の日々の状況報告と対応、患者の診療、感染対策の相談を行いました。
患者の増加に伴い、帰国者接触者外来の増設と専門病床の増床が必要でしたが、感染症対策のノウハウがない医療機関は二の足を踏みました。そこで、地域ネットワークのICD(感染制御ドクター)やICN(感染制御ナース)と保健所で、「感染区域」と「清潔区域」を区分けするゾーニングや診療方法についてアドバイスを行い、医師と共に外来開設や専門病床の設置を支援しました。徐々に「診療後の数時間なら発熱患者の診療ができる」「2床だけならゾーニングしてできる」「内科医がいないが軽症だけなら受け入れられる」「患者の搬送ならできる」という具合にそれぞれの施設が今できることを持ち寄るようになりました。その結果、地域の受け入れ体制は拡充し、各医療機関と保健所で役割分担が行われるようになったのです。

A病院は中等症、重症、小児、妊婦を担当し、B病院は中等症で夜間も対応しました。C病院は軽症、中等症Iを、D病院は高齢者の無症状と軽症の患者を担当、E病院は延命治療を希望していない患者、F病院は患者搬送と透析患者、保健所は患者コーディネートと患者搬送を担いました。
12床で始まった地域の診療は翌月には114床まで拡大できました。支援物資が有効的に行き渡るよう連携施設内で配給もしました。流行が収まるたびに地域連携カンファレンスを開催し、流行ごとの対応の振り返りを行い、次の流行に備え課題を共有しました。

役割の異なる施設間では、情報交換と共有が協働の第一歩でした。インターネットでのweb会議サービスと共有ファイルを活用して、情報交換と共有、コンサルテーションなどを開始しました。パンデミックになって以降は、感染症の影響と多忙を極めたためweb会議サービスがコミュニケーションツールとして役立ちました。参加者からは「顔を見て会話ができるので非常に安心感があった」との感想もいただきました。

診療以外では患者に直接ケアを行う看護士を中心に医師と共に医療に携わる部門のweb会議も毎週開催し、日々の患者とのかかわりやケアについて情報共有やコンサルテーションを行いました。参加は自由でしたが第7波が来ている時でも多くの施設が参加しました。

そのほか、インターネットを使用した情報交換ではSNSでグループを作り、簡単な質問などはSNS上でも行われました。SNSにより他施設の関係者に質問することの難易度を下げることができ、気楽に質問が行われ、コンサルテーションの内容や、日々変化した政策などの更新内容などが共有されました。情報共有の際は、個人が特定される名前などはインターネット上で使用しないように配慮されました。共有ファイルでは匿名で年齢・性別・基礎疾患・重症度などの情報をリスト化し、どのような患者が入院できずに待機になっているのか共有し、各医療機関が受け入れ可能な患者を自ら受け入れることも行いました。このことにより、自施設の対応できる条件にマッチした患者の受け入れを行うことができました。

自宅待機中リスト記載例 
※実際の患者ではありません

区内でクラスターが発生した際は、保健所とICNとでクラスター施設を訪ね、原因調査、ゾーニング、職員教育、濃厚接触者の対応など感染対策をアドバイスし支援しました。

江戸川区では大学病院や公立病院がないため、強いリーダーシップにより成り立つ階層構造型ではなく組織間は横並びの関係性で、協議しながら協働するというラウンドテーブル型で行ってきました。災害などの初動では階層構造型のほうが、専門性もありリーダーシップを取れる上位の組織により機動力を発揮するのですが、強いリーダーシップを取れる組織もなく、長期の対応が求められている江戸川区ではラウンドテーブル型の運営が合っていました。施設間が連携を図れる関係性の構築とパンデミックを想定した対策訓練が、想定外の感染拡大時におけるスムーズな対応につながりました。

【階層構造】A病院 B病院 C病院 上位の意思決定と指示に基づく 江戸川区の地域連携の形 【ラウンドテーブル型】医療機関はヨコ並びの関係性で、競技しながら協働する

※東京臨海病院ってどんな病院?

  • ・病床数400床(令和4年5月現在)の総合病院で、日本私立学校振興・共済事業団が運営する唯一の職域病院。
  • ・地域医療への最大限の貢献を掲げ、温かく親しみにあふれる医療の提供に努めている。
  • ・平成14年の開設以降一貫して救急医療とがん治療に注力し、令和4年度より「脊椎脊髄・人工関節センター」と「脳卒中センター」を開設。
  • ・「臨海ネット」という医療情報システムにより患者の同意のもと、かかりつけ医の同院の電子カルテの閲覧を可能としている。

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