医療と介護現場の連携で叶える
高齢者がスムーズに暮らせる
環境づくり
- 総合病院 三原赤十字病院 医療安全推進室
(現 奈良県立医科大学附属病院 感染管理室)
感染管理認定看護師 - 中村 明世
高齢化率が高い地域では、薬剤耐性菌を持っている患者さんが病院から地域に移行する際、感染症の施設伝播を懸念する施設側から「入所を断られることがある」といった相談が増えています。
介護施設が抱える課題を解決するために立ち上がった「尾三地区感染対策連絡会」の活動と、三原赤十字病院での医療と地域をつなぐ感染対策活動についてご紹介します。
薬剤耐性菌対策をどうする?
高齢者介護施設が抱える不安
私が勤務する広島県三原市と、尾道市の高齢化率は、三原市34.6%、尾道市35.7%と広島県県全体の高齢化率28.9%と比較しても5.0%以上高い地域です(2020年広島県HPより)。
高齢者は、『薬剤耐性菌』による感染症を引き起こすと治療が難しくなる傾向にあることから、この地区では施設や在宅の相談員やケアマネージャーから、薬剤耐性菌に関する相談が寄せられていました。「どんな感染対策を実施したらよいのかわからない」「厄介な感染症を保菌している場合は施設から拒否される」「他の人に感染させるかもしれない」「施設伝播が心配なので当事業所では無理です」といった声です。
そこで発足したのが、「尾三地区感染対策連絡会」です。
- 参加者
- 広島県の東部地域(尾道市、三原市)に所属する
感染管理認定看護師と感染対策を専門とする研究者 - 目的
- ・ 尾三地域の医療施設と高齢者介護施設との連携強化
・ 介護現場の感染対策に関する理解者を増やし地域包括ケアシステムの構築を促進 - 活動
内容 - 介護施設からの相談応対と情報共有、研修会の開催 等
高齢者介護施設の職員に向けた
研修会を開催
2019年8月29日に第1回研修会『事例で学ぼう!耐性菌対策と感染対策~ESBL・MRSAなど尿・痰保菌者が地域で生活する際に知っておきたいこと~』を開催。薬剤耐性菌対策についての事例紹介と標準予防策の実践(演習)を行いました。


耐性菌対策や高齢者がスムースに地域で生活できる環境を構築していくためには、高齢者介護施設の職員に、病院に準じた標準予防策を理解していただくことが重要です。
14施設から参加した40名の参加動機は、「所属施設から勧められた」、「研修内容に興味があった」の順に高く、テーマに興味があった38名(95%)と薬剤耐性菌に対する関心はとても高いことがわかりました。また研修会の内容の理解状況は、「大変理解できた」31名(78%)、「理解できた」9名(22%)と、大半の参加者は研修会の内容を理解されていました。しかし、厚労省から発表された『高齢者介護施設における感染対策マニュアル改訂版(2019年3月)』の周知状況を確認したところ、23名(56%)の参加者は、マニュアルを読んでいなかったことがわかりました。
研修会では、高齢者介護施設の職員に、標準予防策の実践演習を通して基本的な知識を身につけていただき、「高齢者介護施設の利用者が、終の棲家として生活できる環境を、感染対策の実施によって整えられる」ことについても、理解を深めていただきました。
出張講座で介護スタッフと
顔の見える関係づくり
三原赤十字病院では、生活習慣病や感染の予防など健康を維持するためのセルフケアについて、それぞれの専門家が地域の皆さんにわかりやすく伝え、疑問に答える「出張講座」を行っています。


私は、感染管理認定看護師として、耐性菌を保菌している患者を受け入れてくださる施設や事業所の職員を対象に院外の感染対策について「出張講座」や「地域公開講座」を行っていました。そこでわかったことがあります。
高齢者介護施設での感染対策は、医療機関のように地域施設間による連携や相談窓口は少なく、感染防止対策地域連携加算のような診療報酬を得ることがありません。そのため、高齢者介護施設の看護師は、問題が生じてから保健所に相談することが多く、平時から感染症や感染対策に関する相談や情報を得る方法を知らない状況にあったのです。
この問題を解決するために、顔の見える関係を構築して、施設連携に取り組んでいます。
意外と知られていない
マダニによる感染症
高齢者介護施設やデイケアでは、散歩や野外活動がありますので、その野外活動で「マダニ」に噛まれない対策が必要です。ここ数年広島県では、高齢者の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)死亡症例が報告されています。広島県尾三地域は春から秋にかけてマダニが媒介する感染症であるSFTS、日本紅斑熱、ツツガムシ病などの報告があります。


ところが、マダニ咬傷によって入院治療が必要になったり、重症化したりすることについて、地域や高齢者介護施設の中で情報共有されていませんでした。そこで、「マダニ」が媒介する感染症予防について、出張講座や地域公開講座を行いました。この感染症の特徴として、初期症状はインフルエンザや熱中症と誤認されやすいといった情報を発信するようにしました。
感染症情報は、医療機関だけにとどめておくのではなく、高齢者介護施設や在宅との情報共有が必要です。地域連携強化を図るためには、私達感染対策専門家が根拠を元にわかりやすく様々なツールを使い、感染情報とともに正しい感染対策についての知識を発信していくことが医療と地域をつなぐ感染対策活動には不可欠であると考えています。今後も、医療と地域の感染対策の質の向上が図れるように、感染管理認定看護師として幅広く活動の場を広めていきたいと思います。
※三原赤十字病院ってどんな病院?
- ・人口10万人の小都市、広島県三原市に位置する三原地域の中核病院。日本赤十字社広島県支部が運営。
- ・20の診療科を有し、二次救急指定病院、広島県エイズ受療協力医療機関、広島県災害拠点病院の指定を受けている。
- ・職員数324人(令和2年4月1日現在)、一般病床197床(地域包括ケア病棟91床)
- ・糖尿病などの教育的入院の実践、生活習慣病予防講座の開催など、予防医療にも積極的に取り組むとともに、訪問診療・訪問看護等の在宅医療を推進することにより、地域に密着した医療の提供に努めている。