有事に必要なのは
スピード感のある情報共有

東北大学大学院医学系研究科
感染制御・検査診断学分野 助教
吉田 眞紀子
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バックグラウンドは薬剤師、現在は感染疫学者として活躍する吉田眞紀子氏。
世界保健機関(WHO)に在籍中は、アジア、オセアニア37か国・地域の感染症サーベイランスを担当し、海外の感染症対策にも精通しています。

そんな豊富な知識と経験を国内で活かし、感染予防の情報共有ネットワークを作り上げてきました。
大切なのは有事に備えて、普段からゆるやかなつながりを作っておくことだそうです。

一方通行ではない情報共有を

感染症の最新の疫学情報を、週1回メールで配信されているそうですが、どのような内容なのでしょうか。

発信しているのは、国内外のメディア情報、自治体や厚生労働省、世界保健機関(WHO)、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)、などの公式な情報、新しい学術論文の情報など、すべてインターネットで検索できるニュースばかり。特殊なものは何一つありません。要点が分かるように、解説やコメントを一言加えています。
始めたきっかけは、2015年に韓国で流行したMERS(中東呼吸器症候群)。当時、日本語の情報がなかなか手に入らず、海外メディアの情報を集めて大学の教室で共有していました。それを内容を拡大し継続している形です。配信先は現在、北海道から沖縄まで全国の医療者、自治体(保健所や衛生研究所)の行政担当者350人ほどです。
そうはいっても、単に疫学情報を一方通行で配信しているわけではないのです。いざどこかで災害が起きたとき、被災していないエリアの担当者が協力してカバーできるように、相互に情報を共有し合えるネットワークを、バーチャルで築くことを目的にしています。ですから配信先には、配信した情報を使って何か院内でアクションを起こしたとか、現場ではこんな課題があるといった問題提起、意見、感想などをフィードバックしてほしいとお願いしています。

メディア情報のチェックは、吉田先生がいらした世界保健機関(WHO)でも行われていることなのですか。

そうですね。私が1年ほどWHO西太平洋事務局(マニラ)で働いていたときは、世界中のメディア情報を毎日チェックしていました。管轄する国に影響する可能性がある情報をいち早く見つけ出してチームで共有し、その国の保健担当に問い合わせをするためです。例えば、コレラのアウトブレイクが起きれば、WHOとしては対策を取るわけですが、公式情報が出るのを待ってから動いていては遅いのです。第一報は常にメディアが速いですね。メディアの情報は、正確ではないかもしれないということが前提ですが、スピード感という点で、感染対策においては非常に重要です。

国内メディアといい関係を築くために工夫をされていることはありますか。

ご縁のあるメディアの方たちとは、普段からコミュニケーションをとるように心がけています。そして、災害やアウトブレイクが発生した際には、メールを送ります。取り上げていただけるようであれば私たちは協力したいと伝えることで、実際に記者さんが取材に来てくださいます。私たち専門家の声が届くのは院内の患者さんまで。メディアの影響力を借りなければ、一般市民にまで広く届けることはできません。お互いが連携することで、メディアはより正確な情報を流すことができますし、私たちは本当に伝えたい内容を広めることができます。このようなメディアを介した情報発信をスムーズに行うには、普段から顔の見える関係を作っておくことが大切だと感じています。

この情報ネットワークが有事にうまく機能した例があれば教えてください。

2018に沖縄から麻しん(はしか)が各地で広がりましたが、その対応に当たっていた病院の感染管理担当者から1通のメールをいただきました。「医療従事者はN95マスク(※個体粒子の捕集効率が95%以上の呼吸器防護具)をつけることになっていますが、抗体がある医療従事者もつける必要があるのでしょうか?」という質問でした。現場としては、今まさに直面している切実な問題です。
そこで、普段情報を配信している350人へ一斉にメールを送ったところ、ゴールデンウィークと重なっていたにもかかわらず医療従事者の8割の方から回答を得られ、結果をメンバーで共有することができました。有事の際の現場での困りごとは、全国どこでも起こりえることですから、こうした情報共有ができたことはよかったと思います。

水害時の衛生ガイドラインの普及に貢献

アメリカ疾病管理予防センター(CDC)の水害時の衛生管理のガイドラインを翻訳されたとうかがいました。
個人で発信していた感染症対策のブログに、CDCのガイドラインの日本語訳を掲載したことがきっかけです。ハリケーンなど水害が多いアメリカのガイドラインは、とても実用的なんですね。例えば、家に帰ったら、消毒よりもまず、ガス漏れを確認することが大切だと書かれています。
この内容について問い合わせを受けるようになったため、自治体の方たちとも話をして、最終的に日本環境感染学会のガイドラインとして掲げていただくことになりました。
このガイドラインのポイントは、これまで多くの自治体で使用されていた「消石灰」を推奨していないこと。私は、アメリカのガイドラインを翻訳しながら、なぜ消石灰が入っていないのかが気になり、調べました。すると、日本以外では災害時の消毒に消石灰が使われていないこと、目に入ると失明を招く恐れがあるため扱いが難しいことなどが分かりました。ガイドラインの和訳を出した当時、「消石灰を配っているのですが、回収した方がいいのでしょうか」といった問い合わせをかなりの自治体からいただきました。「絶対に使ってはいけないということではなく、扱いが大変難しいので、安全な使い方ができるように正しい情報を提供していくことが大事」とお返事をしてきました。厚生労働省がポスターを作ってくださったこともあり、最近は消石灰を推奨しないこのガイドラインが浸透してきたと感じます。

さらに解説!
消石灰って何?

かつては、校庭のラインを引くときに使われていた白い粉で石灰の一種。
目に入ると失明することがあるため、現在は学校では使われていない。
消毒、農薬、園芸用の土の酸度調整などとして使われているが、取り扱いには注意が必要。

最後に、吉田先生は薬剤師として民間病院に20年間勤務なさったご経験があるそうですが、感染対策で薬剤師に期待なさっていることをお聞かせてください。
薬剤師が避難所での感染対策のリーダーになることで、感染症発症リスクはもっと抑えられる可能性があります。そのような期待もあり、2018年に仙台市薬剤師会が、災害時に対応できる薬剤師を養成するコースをつくりました。そこで私も、感染症予防の感染症初期予防対応薬剤師(認定薬剤師・認定薬局)を育てるために、手洗いの実習をはじめ、消毒薬の薄め方、手洗いやマスクのつけかたを人に教えるための実習、吐物の処理法、個人用防護具の着脱などのレクチャーを行っています。この1年で勉強会には100名ほどの参加があり、41人の感染症初期予防対応薬剤師が誕生しました。調剤薬局の薬剤師は、常に街の中にいるのが強みです。市民が気軽に話せる医療従事者として、感染対策の情報発信を対面でも積極的にしてほしいですね。これからの時代の感染症予防で大きな役割を担っていくことを期待しています。

- Introduction -

吉田 眞紀子(よしだ まきこ)
  • 東北大学大学院医学系研究科 感染制御・検査診断学分野
  • 助教/感染制御専門薬剤師/
  • 国立感染症研究所 感染症情報センター協力研究員

武庫川女子大学薬学部卒業後、名古屋大学大学院で博士号(医学)、国立保健医療科学院でMaster of Public Health(公衆衛生学修士)取得。世界保健機関 西太平洋地域事務局疫学専門官などを経て平成27年より現職。感染症疫学の情報発信や感染症予防の教育に従事

(聞き手・文:小川留奈, MPH/医療ライター)

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