社会全体で取り組む
リスクコミュニケーション

東北医科薬科大学 医学部 感染症学教室 特任教授
東北大学 名誉教授 客員教授
賀来 満夫
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前編では、世界規模で拡大する感染リスクの現状と、地域を巻き込んだ感染対策の必要性について、解説していただきました。
「すべてのキーは、ヒューマンネットワークです」と賀来氏。

後編では、医療施設、行政、一般市民が一体となって感染対策に挑む「東北感染制御ネットワーク」の活動を紹介。あらゆる立場の人々がつながり、社会全体で取り組んでいるリスクコミュニケーションのポイントを聞きました。

情報の共有や交換にも
ネットワークを活用
被災地へ啓発資材の提供も

東北感染制御ネットワークでは、情報の共有に力を入れていらっしゃるそうですが、具体的な活動内容をお聞かせください。
医療従事者向けには、最新のエビデンスや各病院での取り組みなどを知ることができるウェブサイトを開設しています。
もちろん、感染対策は医療者だけでできるものではありません。そこで、今後はこれまで医療者の参加が大半だった「東北感染制御ネットワークフォーラム(2008年から毎年開催)」を、「感染制御ソシアルネットワークフォーラム」と改めて、対象を一般市民まで広げていく予定です。これまでにも、正しい手洗いを体験してもらうような市民参加型の啓発は行ってきましたが、今後はさらに多くの方に参加していただけるよう、一般市民向けの公開講座を充実させていきます。
東日本大震災時に作られたポスターが、2016年の熊本地震でも活用されたそうですね。被災地への情報提供にも積極的に取り組まれているのですか。

おっしゃるとおりです。熊本地震の避難所では、ノロウイルスのアウトブレイクが発生したため、避難所のトイレ清掃のポイントを説明したポスターが、私たちのウェブサイトから次々とダウンロードされ、避難所に掲示されました。2018年の西日本豪雨、北海道胆振東部地震などの被災地でも、「避難所向けの感染予防のための8カ条」「がれき撤去における感染予防のポイント」などさまざまな啓発資材がダウンロードされ、現地で使われました。
災害はいつ起こるかわかりません。ネットワークを通じこれまでに被災地に出向いて感染対策を支援してきましたが、ホームページでも、現場の医療従事者のための「震災時感染症対策ホットライン」を開設しています。ここでは避難所での感染管理上のポイントやリスクアセスメント、避難所での感染対策マニュアル、避難場所での抗インフルエンザ薬の投薬などについて公開しています。

日本各地の被災地で活用されている
東北感染制御ネットワークの啓発資材
(一部)

さらに解説!
DHEAT(ディーヒート)って
知っている?

DHEATとは、Disaster Health Emergency Assistance Teamの略で、災害時健康危機管理支援チームのこと。大規模な災害が起きると迅速に被災地に入り、感染症の発生状況を把握して避難生活を送る方の健康をサポートする公衆衛生の専門家チームです。
実はこのDHEAT、東北感染制御ネットワークの活動がモデルとなってできたもの。
2018年7月の西日本豪雨の際、岡山県倉敷市に初めて派遣されました。

共通ガイドラインやマニュアルも数多く作られていますね。
そうですね。2003年にSARSが発生したときには、いち早く、医療従事者向けに対応指針をまとめたDVDを作成して配布しました。SARSの患者さんが来院したら、受付ではまず何をしたらいいのか、PPE(個人防御具)はどのように着脱するのか、といった、すぐに現場で必要な情報がまとめられています。
私自身は、マニュアルやガイドラインは、大学が作った素案をそのまま使うよりも、現場の専門家が自分たちの手で練り上げていく作業が大事だと考えています。その好例ともいえるのが、東北の薬剤師のみなさんが作成した「消毒薬使用ガイドライン」(2015年度版からホームページでダウンロード可)。臨床現場の意見がとてもよく反映されていて、実践的だと好評です。
宮城県では、薬剤耐性菌のサーベイランス(※抗菌薬が効かない細菌の発生状況や変化を監視すること)を、県全域で実施されているそうですが、そのメリットは何でしょうか。また、全域で行うことでどのような情報が得られるのですか。
一番のメリットは、アウトブレイクの原因を迅速につきとめて支援できる点です。宮城県という限られた地域でも、場所によって薬剤耐性菌の発生状況は異なります。県南と県北での緑膿菌の検出状況を比較すると、明らかに県北の発生頻度が高いことがありました。そのときアウトブレイクの原因となっていたのは、県北のある施設だったのですが、これは県全域のデータを分析できたからこそ、特定できたわけです。
県全域でサーベイランスを実施していれば、どのような施設で、どのような治療を受けている患者さんから耐性菌が検出されやすいのか、傾向を把握することもできます。2001年~2003年のサーベイランスでは、尿道留置カテーテルで排尿管理をしている患者さんの尿から、緑膿菌の検出例が多い傾向が見られました。アウウトブレイクを事前に食い止めたり、当該施設へすみやかに感染対策チームを派遣して支援したりするには、こうした地域全体の状況を常に把握しておくことが不可欠です。

感染症は社会全体で
対処すべきリスク
医療者、行政、市民の役割は?

感染対策のリスクコミュニケーションは今後、どのような取り組みが必要だとお考えでしょうか。
リスクコミュニケーションは、普段から意識して実践していなければ、有事にはとても対応できません。そのためには常日頃から、一人ひとりのリスクに焦点を当てるだけではなく、「社会全体の共通リスク」として、感染症対策を意識しなければなりません。高齢者施設や薬局、歯科医院とも協力し、地域連携加算にとらわれないきめ細かい地域ネットワークを作っていく必要があるでしょう。
医療従事者のみなさんは、目の前の患者さんを診るだけでなく、感染が院内にどのように持ち込まれたのか、あるいは持ち出される可能性があるのかといった、施設の外の状況も考えながら普段の診察にあたっていたただけたら、と思います。
では行政や一般市民には、どのような役割を期待しますか。
行政には、市民を医療へと橋渡しする役割をお願いしたいですね。すでに積極的に取り組まれているHIV/エイズや梅毒の相談・検査体制のように、ほかの感染症全般についても、受診が必要な方を医療機関へとつないでいただける取り組みが活発になればといいと思います。

市民のみなさんには、普段から正しい手洗い、せきエチケットを習慣にして、家庭、学校、職場での感染予防に努めていただきたいですね。感染症は常に起こるものなので、怖がるのではなく、広がることを前提にリスク認識を持ってくださればと思います。

市民向けの情報提供には、企業やメディアの役割も重要です。私たちもできるかぎり有用な情報を提供し、社会全体で感染対策への理解を深めていければと願っています。

- Introduction -

賀来 満夫(かく みつお)
  • 東北医科薬科大学 医学部 感染症学教室 特任教授
  • 東北大学 名誉教授 客員教授
  • 日本環境感染学会 前理事長

長崎大学医学部卒。平成29年度文部科学大臣賞「ソシアルネットワークで取り組む感染症危機管理活動」、平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞 理解増進部門「感染制御ネットワークによる感染症予防関連知識の普及啓発」受賞

(聞き手・文:小川留奈, MPH/医療ライター)

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