地域を巻き込んだ
感染対策を

東北大学大学院医学系研究科
感染制御・検査診断学分野 教授
賀来 満夫
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院内の感染対策はもちろん、仙台市、宮城県、東北地方の感染対策のキーステーションとしての役割も担っている東北大学病院。
その活動に欠かせないのが“地域ネットワーク”です。
賀来満夫氏は、「これからの時代の感染制御は、施設単位で対応するのではなく、地域が一体となって取り組む必要があります」とアドバイスします。

その理由と、東北エリアのネットワーク構築についてうかがいました。

感染症が国境を越えて
またたく間に広がる時代
個々の施設だけでは太刀打ちできない

これからの時代の感染対策は、施設ごとではなく、地域ぐるみで行っていく必要があるそうですが、まずはその理由からお聞かせください。
感染症がグローバル化し、ボーダレス化していることが挙げられます。交通が発達して人の往来が活発になったこと、震災、地球環境の変化、動物との接触など、さまざまな理由で感染症のリスクが増大しています。世界で流行する感染症が、いつ日本に入り込んできてもおかしくない状態ですし、逆に、国内の一施設の感染が、地域へと広がり、世界へ波及してしまうこともありえるでしょう。
私たちはこれまで、それぞれの施設内で感染対策を行ってきました。しかしこれからは地域全体、ひいては地球規模を視野に入れた相互的な危機管理ネットワークを作らなければ、迅速かつ適切に対応していくことが難しくなってきていきます。「感染制御におけるパラダイムシフト(※1)」が必要なのです。

※1 従来の常識を転換させること。ここでは、組織・地域ごとに行なってきた従来の感染対策を、ネットワークを作り地域を巻き込んだ感染対策に変化させることを意味します。

2019年9月にはラグビーワールドカップ日本大会、2020年には東京オリンピック・パラリンピックもひかえています。世界の感染症の脅威は、現在どのような状況なのでしょうか。
WHO(世界保健機関)は1996年、「我々は今や地球規模で感染症による危機に瀕している。
もはやどの国も安全ではない」という警告を出しましたが、まさにその通りになってきた、という状況です。
薬剤耐性菌(※抗生物質が効かない菌)の拡大も世界的な問題になっています。WHOは「先進国、発展途上国の区別なく、世界中のどこで壊滅的な被害が起きてもおかしくない。最重要課題として取り組んでいく」としています。薬剤耐性菌の脅威は“サイレントパンデミック”とも言われる通り、気づかないうちに広がってしまう怖さがあります。2050年には薬剤耐性菌によって1000万人が死亡し、がんを抜いて死亡率が1位になると推定されており、日本でも国家戦略としての取り組みが始まっています。
地球規模で拡大する新興ウイルスに、どのような意識で向き合えばいいのでしょうか。
ヒトだけでなく、動物にまで視野を広げて対策をする必要があります。というのも、相次ぐ新興ウイルス感染症の感染源は、すべて動物由来だからです。
例えば、2009年にWHOによるパンデミック宣言が出された新型インフルエンザ(H1N1)。
この原因は、10年かけて「豚・豚・人・鳥」の4種類の遺伝子(2種類のブタ由来株、1種類のヒト由来株、1種類のトリ由来株)が混合した動物由来の新型ウイルスです。
東京オリンピック・パラリンピックで注意すべき感染症の一つに挙げられているMERS(中東呼吸器症候群)の感染源はヒトコブラクダですし、エボラの感染源はコウモリです。また、次のパンデミック候補として注視されている鳥インフルエンザ(H7N9)の原因ウイルスは、3種類の鳥由来の遺伝子が混合したもの。問題の規模や拡がりがますます大きくなってきている、ということです。

さらに解説!
注視したい動物由来感染症

MERS(中東呼吸器症候群)
【症状】
発熱、せき、息切れ、下痢など。高齢者や糖尿病、免疫不全などの疾患のある人は重症化する傾向がある。
【感染経路】
中東地域で流行。ヒトコブラクダが感染源の一つとして有力視されている。家族内、医療機関内での限定的なヒトからヒトへの感染も報告されている。
【予防】
・手洗いなど一般的な衛生対策を心がける。
・流行地では、ヒトコブラクダなどの動物との接触をできる限り避ける。
・未殺菌のラクダの乳など加熱が不十分な食品を避ける。
鳥インフルエンザ
【症状】
発熱、肺炎など。多臓器不全で死に至ることもある。
【感染経路】
感染した鳥やその排せつ物、死体、臓器などとの濃厚な接触。H5N1 亜型はアジア・アフリカなどで、H7N9 亜型は中国で発生が確認されている。
【予防】
・流行地域では、病気の鳥や死んだ鳥にむやみに近づかない、さわらない。
・国内の鳥で発生した場合、防疫作業に従事する者は徹底した感染防御と健康管理を行う。

※ 日常生活では、ペットに口移しでエサをあげるなどの過剰なふれあいは避け、糞尿を速やかに処理して飼育環境を清潔に保つことが大切。動物にさわった後の手洗いも忘れずに。

(厚生労働省「動物由来感染症ハンドブック2018」より)

宮城県内の病院長18人が
タッグを組み
研究会から
東北地域へとネットワークを拡大

どのように感染対策ネットワークを構築していけばいいのでしょうか。
そうですね。まずは、地域全体の医療関連施設を結び、総合的な危機管理システムを構築することが大切です。
一例ですが、仙台市内のある医療機関でMRSA保菌者(※2)の追跡調査をしたところ、ほとんどが他施設からの持ち込み例であることが分かりました。MRSA保菌者が退院した後、症状はなくても体内に菌を持ち続けている期間は、平均約8.5カ月。もし患者さんが退院後に近所の診療所に通院することになれば、その診療所から広がって地域に伝播する可能性もあるわけです。こうした状況に太刀打ちするためには、地域内のあらゆる診療所、病院、高齢者施設などが連携し、情報を共有リアルタイムで共有しながら伝播状況を可視化していかなければなりません。

※2 MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)はマーサとも呼ばれるありふれた常在菌。健康な人が保菌していても発症しませんが、抵抗力の衰えた人は感染症を発症しやすく、抗生物質が効きにくい菌なので重症化することもあります。

もともとは宮城県内18施設からのスタート。どのように東北全域6県500施設へとネットワークを広げていかれたのでしょうか。
宮城県の18の拠点病院の各病院長が集まって「宮城感染コントロール研究会」が発足したのが1999年8月。当時は今よりも、感染症に対するネガティブな印象が国内に根強くありました。保菌者が差別されたり、うつる、怖いといっていじめの対象になったりすることも珍しくありませんでした。こうした負の側面を払拭していくと共に情報の共有化や連携・協力・支援・人材育成をアクションプランとして掲げ、ネットワークを構築していきたいという思いがあって、研究会からスタートしました。
それからは、特に宣伝したわけではなく、自然発生的にネットワークが広がっていきました。2001年には病院という枠を超えたインフェクション・コントロール・ラウンドを開始し、臨床現場でかかえている問題点や課題を、幅広い職域で共有して一緒に考えていきました。キッズセミナー(子ども向けの微生物観察や手洗い講座)を開始したのが2002年。翌年には抗菌薬使用ガイドラインを作成し、多剤耐性緑膿菌サーベイランスも開始しました。その後は多くの施設が自主的に参加する形で徐々に発展していき、現在の東北感染制御ネットワークへ。2008年から毎年フォーラムを開催しておりますが、近年は700~900名が参加する「地域の情報共有の場」となっています。

キッズセミナーの様子

日本はアメリカに比べると、感染対策の専門家の数が非常に少ないそうですね。
確かにそうですね。米国の感染症専門医は8,923名、我が国は1,426名(2018年1月)。わが国の専門医の人材の育成は急務です。2005年当時、宮城県の感染症専門医はわずか9人でした(全国平均16.8人)。限られたマンパワーを補うために考慮したのは、少ない人材をいかに地域で共有するかです。医師に限らず、薬剤師、保健所職員などにもレクチャーに参加してもらい、地域全体の感染対策をマネージメントできる専門家を育てていくことが必要でしょう。

「社会全体で取り組むリスクコミュニケーション(賀来満夫氏)」近日公開いたします。

- Introduction -

賀来 満夫(かく みつお)
  • 東北大学大学院医学系研究科 感染制御・検査診断学分野 教授
  • 東北大学病院 総合感染症科 科長
  • 一般社団法人 日本環境感染学会 理事長

長崎大学医学部卒。平成29年度文部科学大臣賞「ソシアルネットワークで取り組む感染症危機管理活動」、平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞 理解増進部門「感染制御ネットワークによる感染症予防関連知識の普及啓発」受賞

(聞き手・文:小川留奈, MPH/医療ライター)

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